日本語 English

文字サイズ

サイトマップ
初めての方へ 無料相談・お問い合わせ 029-828-5591 日曜・祝日を除き 9:00-17:30

がん治療の専門医も驚いた症例の数々

乳がん:トリプルネガティブ乳がんの骨転移で

通常、乳がんで骨転移があると、どんな治療をしても(放射線+抗がん剤でも)乳がん骨転移は治らない、と言われています。

それでも、自家がんワクチンを上乗せして使ってみると、

〔症例0406〕 (因島医師会病院)

Mammary-bonemeta-CMI0406

胸部に大型骨転移があり、ホルモン療法も効かないトリプルネガティブの乳がんで、自家がんワクチン接種(2006.08)後の免疫反応(DTH-2反応)テストは陰性だった。放射線・化学療法を併用、1年後には縮小、さらに3年後(2010.12)には骨転移が消失、全く再発の傾向なく(それまで、まだまだ「治った」とは言えないと抵抗していた放射線科の先生がついに「もういいよ」と言ってくれた)術後5年目に根治と判定。

乳がんの骨転移の治療法については、専門医が叡智を結集して作成した医師向けの「乳癌診療ガイドライン-2013年版」があります。しかし、その中には 「骨吸収抑制剤(ゾメタやデノスマブ)は、生存には寄与しないものの、骨関連事象の頻度を減らし、その発症も遅らせる」、「外科的切除は勧められない」、「骨転移による疼痛緩和に放射線療法は有用である」とは書いてありますが、根治可能とはどこにも書いてありません。治せる方法がないからです。

また、8051症例もの検討の結果、強力な放射線照射をしても、骨転移の痛みを取るためには80%以上で有効でも、骨転移巣を完治させることはできないことが判明しています(Acta Oncol. 2003; 42:620-33)。

本邦でも、「骨転移治療の目標は、骨に住みついたがん細胞を、完全に取り除いたり、死滅させたりすることではない。残念ながら、現在の治療ではそれはできないからだ。」(がんサポート、監修:村岡 篤、香川労災病院第3外科部長、2012年03月号)と述べられています。

上の症例は、「自家がんワクチン+放射線+抗がん剤」治療で明らかに治っており、自家がんワクチンの上乗せ治療効果があったためと結論されています。

症例報告論文は、 → こちらです。現在の主治医と相談されるとき、プリントアウトしてご持参下さい。

 “がん、骨転移にはワクチンを!!

脳腫瘍:最悪中の最悪、でも10年以上元気です

〔症例0039〕 (筑波大学附属病院)

脳にできるがん(腫瘍)の中でも、多型膠芽腫(グレードIV)といわれる種類は、 “がんの中でも最悪中の最悪”といわれるほど、予後不良とされています。しかし、術後に自家がんワクチンを接種したこの方は、仕事を続けており社会復帰しています。

現在の標準療法「手術+放射線治療+抗がん剤治療」を重ねても、手術で全部とれなかったり再発したりすると専門医でもあきらめるのが普通です。9割以上の方は5年以内に死亡します。

この方は、多型膠芽腫(GBM、グレードIV)。手術、放射線61.2Gy照射後、抗がん剤ACNU2コース実施。以後、自家がんワクチン療法を施行。2回目の免疫反応テストは陰性でしたが、腫瘍体積減少。04年2月までは一部縮小。その後部分寛解、術後24ヵ月以降は完全寛解(CR)となり社会復帰、2013年3月現在CR継続中。希少な10年生存例となっています。

肺がん-1:放射線治療の前に「地固め効果」を

〔症例0144〕 (尾道総合病院)

通常、肺がんでリンパ節転移があった場合、その場所だけなら放射線で治せても、未照射の他のリンパ節で多発再発する例が多いため、放射線治療を追加するのはあきらめてしまいます。

しかし、自家がんワクチンの効果を実感していた主治医は、この方についてはあきらめませんでした。この方は、胸に水が溜まり、しかもその中を肺がん細胞がウヨウヨ泳いでいたという、手術しても決して全部のがんは除けないという最末期でした。

胸水混濁アデノカルチノーマ姑息的手術症例。腫瘍マーカーであるCEAとCYFRAが自家がんワクチン接種後(2004.09-10)一時上昇したにもかかわらず、接種3ヶ月後から減少しはじめ7ヶ月間減少し続けました。この間他療法は一切行っていないため、腫瘍マーカーの減少は明らかに自家がんワクチンによるものです。

1年後に(2005.10)、リンパ節転移をPETにより発見、局所放射線治療実施(上図の右端時点で)、リンパ節転移巣消失、腫瘍マーカーが正常化。ワクチン接種後3年経過時、QOLは問題なく、2009.10現在も腫瘍マーカーの再上昇も全くなく、健在です。

この効果は、いわゆる自家がんワクチンの「地固め効果」によるものと推定されています。→ (倉西文仁 他、第8回がんワクチン療法研究会、東京、2011.11.19)

肺がん-2:脳転移があっても

通常、肺がんで脳転移がある場合の予後が非常に短いことは、臨床現場では良く経験されています。

例えば、岡山市立市民病院院長・岡山大学医学部脳神経外科教授・松本健五先生によれば、 「一般的に、診断後何も治療をしなかった場合の平均生存期間は1~2ヶ月程度です。また放射線治療のみでは3~4ヶ月、(脳の)手術および放射線治療を行い得た場合でも術後生存期間は平均10ヶ月に過ぎません。」 という厳しいものです。

この現場感覚よりは、少し予後がよい一般的な生存カーブは、http://gansupport.jp/article/cancer/lung/127.html に公開されています。それでも5年生存率は9.8%(つまり、9割以上の方が亡くなるということ)です。しかし、以下の方の場合をご覧ください。

〔症例0985〕 (尾道総合病院)
肺がんのうちアデノカルチノーマ混合型サブタイプと確定診断された症例。原発巣の肺右上葉は手術。同時に切除されたリンパ節にも転移があった。術後化学療法は効果なく、脳・脾臓転移を発見(自家がんワクチン1コース目接種開始途上で)、脳と脾臓の転移は自家がんワクチン接種完了後のガンマナイフによる放射線治療で消失、放射線科医が驚いていました(従来常識では、ここまで進行すると脳のガンマナイフによる放射線治療でも根治することはほとんどない)。 元気に歩いて通院してきたので、著効例となりました。

肺がん-3:こんなにデカかった、それでも完治

〔症例1574〕 (銀座並木通りクリニック)

手術前に、これほどデカい肺がんでも、胸水が溜まり始め、熱があっても、手術できて自家がんワクチンが投与できれば、長い間、無再発を享受することが可能です。

この方は、60歳代女性、こぶし大の大型肺がん。術前は、血痰、39-40℃の発熱、全身衰弱というギリギリの厳しい状況でした。術後、がん周囲への浸潤、リンパ節転移も見つかっていたため、自家がんワクチンを投与した主治医が、3年後に消息調査の為,娘さん(医療関係者)に電話をいれたときは、内心、『再発して,すでにお亡くなりになっているかな・・・』と思っていた方です。

しかし、嬉しい予想外で『再発もなく,とても元気です』、そして『自家がんワクチンが効いていると思います』、とのこと。身内とはいえ医療関係者の評価であることから、的外れとはとても思えないため、著効例と判断しています。

この症例報告があったもともとのブログは → こちらです

この患者様、全く問題なく術後5年経過、主治医から「完治」の宣言が出ています → こちらの院長ブログをご覧ください

肺がん-4:ついに「根治」と診断

〔症例0625〕 (銀座並木通りクリニック)

肺がん。2007.08.22病理診断書には、右肺上葉、低分化型腺がん、胸膜にもがんが浸潤、静脈侵襲が散見される、と記載。リンパ節には34個中13個に転移が認められていた。2007.10自家がんワクチン接種開始、しかしその後、リンパ節に転移を発見、放射線治療、低用量化学療法(休眠療法)を経て2012.07無再発にて治療終了。2015.01無再発生存中。主治医診断は「根治」。

(注) この症例では、自家がんワクチン接種2ヶ月後に転移を発見しているため、一旦は自家がんワクチンが「無効」と考えられていました。しかし、その後、2011.11.17の主治医のブログでは、「放射線照射を併用することにより,自家がんワクチンの治療効果が引き出された症例」と、評価が「有効」に変化しています。詳しくは、→ こちらに引用したブログ記事をご覧ください

小細胞肺がん:余命2ヶ月の宣告でもまだ元気一杯、がん専門病院でも不思議がっている

〔症例2507〕 (ふる里クリニック)

小細胞肺がん。受診していたがん専門病院の主治医からは「2ヶ月以上は生き延びられない」と言われていた。2015.12初旬の術後に、免疫チェックポイント阻害剤・オプジーボ(非小細胞肺がんでは承認)の臨床試験登録を待ちきれず、自家がんワクチンと放射線治療を受診。以後、腫瘍マーカーも正常化。2016.08現在、元気一杯でゴルフをやっている。未だオプジーボは使用しておらず、がん専門病院の呼吸器外科でも不思議がっている。

(注)本症例も、がん専門病院では無視されていた放射線との併用により自家がんワクチンの治療効果が引き出され、「劇的な延命効果」が現在も進行中の症例です。一般に小細胞肺がんは進行スピードが非常に早く、「肺がんの中で最も侵攻性の臨床経過をとり、診断後の生存期間中央値はわずか2~4ヵ月である」、「このタイプのがんのすべての患者は、診断を受けた時点で臨床試験への参加を検討されることが適切である」(がん情報サイト、PDQ®日本語版(医療専門家向け))とされているほど、タチの悪い肺がんの一種です。

肝がん-1:29回も治療に次ぐ治療、しかしその後は

〔症例0757〕 (乾がん免疫クリニック)

C型肝炎を背景因子とした肝がん。2001年8月以来、2007年11月までに頻繁に再発を繰り返したため、計29回もの治療を重ねました(肝動脈塞栓療法6回、酢酸局注3回、ラジオ波焼灼療法2回、マイクロ波治療1回、エタノール局注2回、肝動脈内動注化学療法1回、抗がん剤治療11クール、手術3回)。

最終手術前の腫瘍マーカーAFP値は41,958と異常な高値で、術後いったん下がったものの再上昇傾向があるのではないかとの疑いがあり、2008年7月に自家がんワクチン接種、以後5年以上、全く再発の徴候もなく元気です。手術を行った大学病院の担当医も驚嘆していました。

上図はこの方の3回目の手術で摘出された肝がんです(左側黄色矢印)。横隔膜の一部も一緒に手術で切除されています。また、その時の肝がんの病理画像です(右側)。上部には脈管浸潤まで見られ(黄色矢印:すでに肝臓全体にがん細胞が散らばっていると推定されます)、再々発は必至と考えられていました。

C型肝炎にかかった後に起こる肝がんは、非常にしつこく再発を繰り返すことが知られています。28回も各種の治療を続けても治らず、29回目には3日間におよぶ大手術を受けたこの方は、やれやれと思ったのもつかの間、血中の腫瘍マーカーが少々上がってきたため、またかとついに観念、自家がんワクチン療法を受診されました。その結果は、以下のとおりです。

肝がん-2:肝がんが腹中で破裂。だが

通常、多発肝がんがあって、腹水まで発見された場合、がん細胞が腹中全体に散らばっているのは避けられず、術後も再発必至と主治医も覚悟します。まして、腹部内でがんが破裂、と診断された場合はなおさらです。しかし、この方は生き延びられました。その方法とは、

〔症例0260〕 (宇都宮セントラルクリニック)
B型肝炎ウイルスキャリアー。2005年5月、突然の右肋部痛出現、救命外来へ搬送。CT検査にて多発肝腫瘍と腹水を認めた。6月、血管造影にて肝下方へ突出する約9cmの肝がんを認める。肝細胞がん破裂と診断、腹膜播種の疑いがあって、7月外科切除。9月自家がんワクチン投与開始。診療情報提供書に「1年間腹膜再発がなければ…」とありましたが、2012年7月、「今のところ再発や転移、後遺症など全く無く、ごく普通に生活できております」との知らせがあって、7年間無再発の著効例と判断しています。

肝がん-3:確かに肝がん抗原分子を目印にしています

“がん免疫療法なんて科学的根拠がない怪しげな治療法だ”という妄信が、今でも一部の医師の間では跋扈していますが、自家がんワクチン療法では、確かな肝がん抗原分子を目印にして攻撃するキラー細胞が出来ていることを示す免疫生物学的な証拠があります。

〔症例1680〕 (光ヶ丘診療所)
肝がんの初回手術から再発を4回繰り返し2回目の手術を受けた方。再発間隔が51ヶ月, 28ヶ月, 12ヶ月, 4ヶ月とどんどん短くなり、「もはや…….」と覚悟して自家がんワクチン療法を1コースだけ受診。しかし、その後32ヶ月間以上無再発。この方の血中に、肝細胞がんに特徴的ながん抗原分子、グリピカン3を特異的に認識し、肝がん細胞を殺す強力なキラー細胞 、細胞傷害性 T リンパ球( CTL ) が検出されています。

(上段:血中に、グリピカン3を発現する肝がん細胞に対して反応するCTL(赤い点)が明らかに増えている。カッコ内はその数)
(下段:グリピカン3を発現しない同じ肝がん細胞に対しては、反応するCTLは少ない。)
この症例の学術論文は → こちらです。

術後肝がんの再発抑制効果を、より一層明瞭に示しているランダム化比較対照臨床試験の結果は、
→ 2004年に論文発表されています: Clinical Cancer Research, 10: 1574-1579, 2004。
万一、主治医に科学的根拠が疑問だと言われたときは、この論文を読者にお送りします。
(こちらをクリック → 資料請求ページへ。「相談内容」欄に「肝がんの論文」と書いて下さい
主治医にご持参の上、あきらめずにご相談下さい。

胃がん-1:“腹膜播種”!!

胃がんで、腹膜播種 (はしゅ)と診断された症例では、お腹の中全体にがん細胞がばら撒かれている状態のため、初期治療で見かけ上治ったようにみえても再発必至で、標準的な抗がん剤治療では治らないと考えられています。 しかし、以下の二人は、ともに、現場の医師から驚きの声が出ている例です。

〔症例0615〕  (個人医)
胃がん(膵皮膜侵潤、がん性腹膜炎あり)、術後に抗がん剤治療をしない場合は余命数ヶ月との主治医見解。07年10月自家がんワクチン接種、他の治療は実施せず。08年09月(1年経過時)時点で全く問題なく健在。山歩きもできる状態となっています。

〔症例0831〕 (乾がん免疫クリニック)
2008年11月胃がん手術時に、腹膜播種を発見、すでに横行結腸を巻き込んでいたため、横行結腸も切除、推定余命は6ヶ月~1年でした。12月に自家がんワクチン接種、以後、温熱療法・高濃度ビタミンC療法を併用、2010年4月現在まで再発がなく、すでに術後1年4ヶ月経過しています。

胃がん-2:まさか、まだとは

AFP産生胃がん は、静脈侵襲が強く、肝臓にとても転移しやすいがんです。手術後の再発例も多くて、予後不良(ほとんどがまもなく死亡する)、とされています(椎名伸充 他、AFP産生胃癌の臨床病理学的検討、千葉医学 88:97-101, 2012) 。 この方は、来院したとき、体重が急減していて、自家がんワクチン投与後は全く連絡がつかず、2009年末時点では担当医が「(推定)死亡」と診断するほど状態が悪かったのですが、

〔症例1046〕 (東海クリニック)
1年間抗がん剤治療施行後、2009.11.24自家がんワクチン納品。抗がん剤使用時はAFP=40~50前後のまま低下せず、 体重が65kgから40kg台に急減したため、1ヶ月休薬後に自家がんワクチン投与。(2010.07.13フォロー調査時点までは全く連絡がつかず)、(推定)死亡と診断。(2012.09.12患者様の奥様より電話)自家がんワクチン投与から3年経過した今でもAFP=2~3程度におさまっている。(2013.07.25再度)全く問題なく仕事に復帰しており、非常に感謝しているとの連絡があり、友人のためとしてワクチン関係の新規資料請求があった。(2017.05再々)現在も全く問題なく、自家がんワクチン投与後すでに7年経過。元の治療病院でも驚きの症例で、患者様は定期的に元の病院に連絡するように言われているとのこと。

というわけで、「死者が生還した!」と言われるほどに、驚きをもって転帰が修正された著効例です。

膵がん:重要なリンパ節に転移があっても

〔症例0621〕 (銀座並木通りクリニック)

膵臓がんで、もし、背骨のすぐそばを通る太い血管の脇にあるリンパ節(腸間膜リンパ節)に転移しますと、通常、外科医は観念します。しかし、この方は、自家がんワクチンに加え、抗がん剤の使用量を少なくした「低用量抗がん剤」で治療を続けたところ、3年後には問題ないレベルまで小さくなりました。

2006.06、膵頭部がんに対して膵頭十二指腸切除、術後補助化学療法(ジェムザール、 当初1500mg/body/隔週、2007.01からの累積で21回 )施行 、07.10自家がんワクチン接種、以後08.10現在でも低用量ジェムザール投与継続( 1000mg/body/隔週、 累積20回以上 )、 腸間膜リンパ節転移巣(赤い矢印の先)が1年以上の長期不変となっています。

このリンパ節転移は重要で、外科医としては再発リスクは非常に高い症例であったと判断していました。しかし、2010.12末までの間にほとんど見えなくなっています。

軟部肉腫(組織球腫):足1本、切断せずに助かった

手足にできるがんで、軟部肉腫と診断されますと、外科医は非情にも、その手、その足をズバッと切断します。それが再発転移を防ぐ最も確実な治療法だからです。

しかし、この患者さんは、「足を切られるのはいやだ」と拒否しました。そこで主治医が取った方法は、抗がん剤治療はせず、「再手術+放射線治療」(これでは、軟部肉腫のうちの悪性度が高い繊維性組織球腫は治らない、というのが常識ですが)、さらに「+自家がんワクチン」という方法でした。いまでも2本足で歩いています。

〔症例0374〕 (現在:ふる里クリニック)
繊維性組織球腫。80%の症例で肺転移が起こり、術後再発した場合の生命予後は不良。この症例は、初回手術後3ヶ月で局所再発し5cm以上に腫大していたという悪性度が高いと推定される例だが、「再発局所切除+76Gyの放射線照射+自家がんワクチン」(化学療法はせず)で4年以上無再々発・無転移。なお、2007.11におこなったDTH反応テストでは擬陽性。2010.04のDTH反応テストでは陽性となっていた。

スライドは → こちらです
論文は、こちらです → http://www.wjso.com/content/pdf/1477-7819-9-96.pdf

骨肉腫:主治医も同意

骨肉腫は、骨の細胞ががん化して発症します。骨だけに収まっているうちは切断すればよいのですが、転移しやすく、いったん肺などに転移すると、予後は深刻です。この方は、抗がん剤が効かず、5回も再発を繰り返し、脚を1本失いましたが、自家がんワクチンで肺転移を克服されました。

〔症例0310〕 (行田総合病院)
1998.07、24才で発症以来、強烈な副作用のある抗がん剤治療に耐え抜いても、ほぼ2年おきに再発・肺転移を繰り返し、計5回もの手術と右足切断を余儀なくされた方です。

2006.02自家がんワクチン療法1コース、2回目の免疫反応テストは陰性。しかし、以後6年間以上、無再発。現在も仕事をしつつ独立した生活をしており、義足をつけている点を除けば全く問題なく健在。  「治った」と言ってもよいと主治医も同意しています。

→ この方が、闘病記を出版されました。ぜひ、ご一読下さい。通販で入手可。すごいカスタマーレビューが付いています。
田中博子 著 「紅鶴」 (日本文学館)