“がんが骨までいったらおしまいだ”と、臨床医の 間で内々に語られることがあります。
別の先生は、
“骨に転移したら、後は電車道だよ”、と表明されました。つまり、あの世までまっすぐだということです。
それほど危険ながん骨転移ですが、現時点では、
. 「治せる治療法」はありません。
がん細胞が骨髄の中の隙間(ニッチ)に潜り込んで じっとしていると、薬も放射線もよく効かなくなるからです。
しかも、時々、分裂増殖して、血中に元気ながん細胞を放出するため、骨転移があるということは体内に 爆弾を抱えているのと同じになります。
ただし、がんが骨転移したあとに起こる際限のない 痛みの軽減のためには、放射線治療が有効であること は良く知られていて、汎用されています。
このときに使用される放射線(X線)の線量は、8Gy の1回照射から、4回に分割した照射で累積18Gyまで (18Gy/4回と書きます)、20Gy/5回、24Gy/6回、 30Gy/10回など、バラバラで統一されてはいません。
. (いずれにせよ、これらの低線量放射線治療では臓器の正常細胞 をほとんど障害せず、副作用は問題になりません。)
特に骨転移を起こした痛みのある乳がんでは、
. 8Gy/1回 の照射
が、分割照射と同等だとして推奨されています (Ref. 1)。
しかし、意外なことに本邦では、まだまだ分割照射が好まれているようです。そのため、患者さんは照射のたびに何回も通院しなくてはならないという不便さを抱えることになります。
この8Gy/1回照射というのは、体外でがん細胞の増殖抑制効果を測定した場合(代表例としてHeLa細胞の コロニー形成能でみると)、
分裂能力が100分の1となる線量です(99%が増殖死を起こします)(Ref. 2)。
そのため、99%のがん細胞が、死ぬときに細胞外にがん抗原を放出すると考えられます。
この現象を有効利用できる方法があります。
あらかじめ自家がんワクチンを接種しておき(イムノテラピーになります)、体内の免疫細胞群を活性化しておくという方法です。
低線量放射線治療(ラジオテラピーです)と合わせ、
. “イムラジ”
にすれば、がん組織内に入り込んでいた抗原提示細胞が、低線量放射線治療で弱ったがん細胞から放出され たがん抗原を認識して、やってきたキラー細胞を活性化し、残存している生きているがん細胞まで一挙に殺 してしまう、ということになります。
こうすれば、放射線が当たっていない遠方の臓器に 転移したがん細胞も、体内を巡る活性化キラー細胞によって殺されるという、
. 「アブスコパル効果」
が起こり、がん治療が効果的に進むことになります。
Reference
1. 乳がん診療ガイドライン ①治療編 2022年版、 日本乳癌学会編、CQ7、pp.469-472, 2022.
2. 坪井篤、放射線治療における細胞生物学の役割(I) 低LET放射線による細胞の損傷と回復。
日本原子力学会誌、23(10):716-720、1981.